ちょんまげ(丁髷)って現在は、お相撲さんがしている以外には、見かけることがありませんよね。

しかし、100年少し前まで、日本中のほとんどの男性がちょんまげをしていました。

誰でも一度はテレビで見たことがあるちょんまげですが、どのような歴史があって、どんな種類があるか知っている方は少ないようです。

そこで、ちょんまげの由来や髪形について徹底調査しましたので、その内容をシェアさせて頂きます。


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ちょんまげの由来(歴史)

ちょんまげの歴史を知るうえで、押さえておきたいポイントは、以下の4点です。

  • 弥生時代にちょんまげの由来になった角髪(みずら)が誕生
  • 奈良時代に髪を頭の上で結う髻(もとどり)が誕生
  • 室町時代に月代(さかやき)が剃られてちょんまげが誕生
  • 明治時代に断髪令が施行されてちょんまげが廃れる

では、それぞれのポイントを順に追って解説していきます。

角髪(みずら)が誕生

ちょんまげの歴史は奈良時代にまでさかのぼります。

奈良時代以前の髪型は角髪(みずら)が一般的でした。

角髪は前髪の中央を左右に分けて、そこから耳の横でくくって垂らすというものです。

弥生時代によく見られるので、教科書で見たことがある人もいるでしょう。

髻(もとどり)が誕生

その後、奈良時代になると髪を頭の上でくくるようになります。

いわゆるバカ殿ヘアーといえば分かりやすいでしょう。

この髪型は髻(もとどり)と呼ばれていて、ちょんまげの原型になりました。

髻を結い始めたのは当時、日本が中国文化に触れていたからです。

中国人は髻を結っていました。

この関係で髻が庶民もするようになって、角髪は少年少女だけがする髪型になったということです。

ちょんまげは、とても古い時代からあったのですね。

ちょんまげといえば武士のイメージがあるので、まさか奈良時代から使われているとは思いませんでした。


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月代(さかやき)が剃られてちょんまげが誕生

その後、髻と額の部分である月代(さかやき)という場所を剃るようになります。

月代が剃られ始めたのは鎌倉時代からで、当時は戦争が多かったので兜をかぶる機会も多かったです。

さらに戦場はほこりまみれで、簡単に洗髪もできません。

そこで月代を剃るようになります。

こうして、ちょんまげという髪型が誕生しました。

戦国時代が終わって、江戸時代になると士農工商の身分が発生します。

簡単に言うと武士が偉くて、農工商が下という時代です。

武士はちょんまげを結って、町を歩いていましたが、その様子は農工商からすると憧れの的です。

そこで農工商が武士の髪型をマネてちょんまげを結い始めました。

このようにして、ちょんまげはすっかりなじんで、明治時代まで一般的な髪形になります。


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断髪令が施行されてちょんまげが廃れる

しかし、明治4年(1871年)になると、文明開化の影響で西洋の文化が入ってきました。

その関係で、ちょんまげを切って洋式の服を着るというスタイルに移行します。

しかもこれは法律で定められていることなので、違反すると罰を与えられていました。

そこから徐々にちょんまげが廃れて、ほとんどの人がちょんまげをしなくなりました。

ただ現在でも力士がちょんまげを結っています。

これは明治4年の断髪令を出した時に、力政府高官に相撲好きがいたからだと言われています。

そのため、現在でも力士はちょんまげをしているということです。

以上がちょんまげの歴史になりますが、かなり歴史がある髪型だということが分かりますね。

しかし、明治時代に入ると、強制的に断髪しなければいけなくなったのは急な話です。

一方で力士はそれを逃れているというのも、ちょんまげの面白いところですね。


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ちょんまげの種類

ちょんまげには種類があります。

  • 茶筅髷
  • 銀杏髷
  • 本多髷
  • 総髪

茶筅髷

茶筅髷(ちゃせんまげ)は文字通りで、茶筅のようになっているちょんまげです。

茶筅とはお茶を建てる時に使う道具で、茶道の時には必ず登場します。

茶筅髷は安土桃山時代に流行した髪型で、織田信長もこの髪型でした。

しかし、茶筅髷は反社会的な行動をする人がよくしていた髪型です。

そのため、全員がやっていたわけではありません。

銀杏髷

銀杏髷(いちょうまげ)は頭の上の毛束をイチョウのような形に広げた髪型で、江戸時代の男性がよくしていました。

また、銀杏髷にも2種類あって、束が大きく開いたものを大銀杏、小さくしたものを小銀杏と呼ばれています。

大銀杏は武士が、小銀杏は待ち人でした。

ちなみに、現代の力士も銀杏髷です。


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本多髷

本多髷(ほんだまげ)は江戸時代に流行して髪型で、耳のサイドの髪が張っています。

粋な髪型として遊び人や若旦那などに人気がありました。

総髪

総髪(そうはつ)は髪をすべてひっつかめて結ぶ髪型です。

室町時代に一般的な髪形でした。

このように、同じちょんまげでも種類があるのは面白いですね。

知らなければ全部同じだと思ってしまうかもしれませんね。

ちょんまげの語源

ちょんまげの語源は、折り返した髷の形が「ゝ」に似ていたからです。

その他にも「ちょん」が小さいを意味するからという説もあります

さらに明治時代の断髪令が原因で、古い髪型をからかう形でちょんまげと言われ始めたという説もあります。

このようにちょんまげの語源はさまざまな説がありますが、どちらかといえば一番最初に紹介した説が有力です。


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ちょんまげのやり方

ちょんまげのやり方はこちらです。

ちょんまげのやり方

  1. 髻と額の部分である月代を剃る
  2. 月代部分の髪をひとつにまとめる
  3. バリ間で刈り込む
  4. 残った再度の髪を霧吹きで濡らす
  5. グリースを髪に揉み込む
  6. 髪をひとまとめにする
  7. 元結を結う
  8. 髷を折り曲げる
  9. 元結で固定する

このようにちょんまげは工程がたくさんあります。

そのため、実際にちょんまげを結っている動画を見たほうが良いので、以下にわかりやすかった動画をご紹介しますね。


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ちょんまげの歴史や由来、種類などをご紹介してきました。

今ではほとんど誰もしていませんが、だれもが知っているちょんまげですので、貴重な日本文化として今後も残していきたいですよね。