クラーク博士と言うと、かの有名な「少年よ大志を抱け」(ボーイズ ビー アンビシャス)の名言が有名ですよね。

誰しも、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか?

しかし、クラーク博士が日本でどのような功績を残したのか知っている方は少ないようです。

そこで、プロフィールや生涯をご紹介し、日本での活躍についてお伝えいたします。

記事後半は、銅像についても記載していますので、ぜひ最後までお付き合いくださいね。


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クラーク博士とは(何した人)

まずはクラーク博士の簡単なプロフィールをご紹介します。

名前ウィリアム・スミス・クラーク
出身地アメリカ合衆国 マサチューセッツ州
生誕1826年7月31日
死去1886年3月9日
享年59歳(心臓病)
時代江戸時代から明治時代に活躍
職業教育者、化学、植物学、動物学の教師、農学教育のリーダー

クラーク博士は日本にやってくるまで、海外の学校で教授をしていました。

しかしある日、クラークの授業を受けていた日本人留学生の新島襄と出会います。

彼はクラークに対して、日本に教頭として来てほしいと懇願しました。

その熱意に負けたクラークは、1876年に札幌農学校の教頭として日本を訪れます。

ちなみに、新島襄は同志社大学を設立した人物です。

北海道にやってきたクラークは、生徒に対して酪農の魅力を伝えていきます。

その結果、生徒は元武士であったにもかかわらず、酪農に興味を持ちはじめる事になります。

これをきっかけに農業や酪農が発展したため、クラークは「北海道開拓の父」と呼ばれています。

その後、かの有名な名言を残して自国へと戻りました。

この名言については、後ほどご紹介させて頂きますね。


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クラーク博士の生涯


クラーク博士の生涯を分かりやすく解説するために年表をご紹介します。

出来事
1826生誕する
1844アマースト大学に入学
1848ウィリストン神学校で化学教師になる
1850ドイツ・ゲッティンゲン大学に留学する
1852化学の博士号を取得後、アマースト大学の教授になる
1861南北戦争に参戦し、アメリカの奴隷解放に貢献する
1871マサチューセッツ農科大学の学長に就任
1876一時的に札幌農学校教頭に就任
1878友人と鉱山会社「クラーク・ボスウェル社」を設立
1886心臓病を患って逝去

では、クラークの生涯を年表にそって詳しく紹介していきますね。

学者としての経歴

クラークは医師である父・アサートン・クラークの家に生まれました。

父親は医師でしたが、クラークは動物学や植物学、化学に興味を持ちます。

大学を卒業した後は教師をしていたこともありましたが、ドイツで化学と植物学を専門的に学び、最終的には博士号を取得しました。

その優秀な経歴から1852年にクラークは、母校のアマースト大学の教授になります。

大学では化学以外に、動物学や植物学も担当していました。

そんな中、農学の必要性を感じて、農学部も作ろうとしていましたが失敗に終わります。

そこでマサチューセッツ農科大学の新設を目指すことになります。


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農科大学の設立

アメリカでは1861年に南北戦争が起きます。

クラーク博士も当時の大統領・リンカーンに共感して参加しました。

そして、南北戦争が終了した後に「州が必要性を感じれば農科大学の新設を認める」という法律ができます。

そこでクラークは州に農科大学の必要性を訴えかけて、アメリカに二校しかなかった農科大学を設立しました。

そして、マサチューセッツ農科大学で開いた講義に参加していた新島襄に説得されて日本へ旅立ちます。


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日本での功績

日本での功績ですが、クラークは今の北海道大学の初代教頭に就任します。

そして、北海道開拓の指導者養成に尽力を尽くし、動物学や植物学を生徒に教えます。

滞在期間はわずか8カ月ですが、北海道開拓の先駆者として知られ「北海道開拓の父」と呼ばれています。

現在、北海道産のジャガイモやチーズがおいしいのはクラークのおかげと言ってもいいかもしれませんね。


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日本帰国後の活動

クラークは日本から帰ってきた1877年に、友達のジョン・ボスウェルと共に鉱山会社を設立します。

しかし、翌年にジョンが横領を繰り返して逃亡を図りました。

その結果、会社は倒産して、出資者から詐欺容疑で訴えられます。

最悪の結末を迎えたクラークですが、さらに翌年の1886年に心臓病を患いました。

病気のせいで寝たきりになって、回復することもなく59歳で生涯を終えます。

以上が、クラーク博士の生涯です。

学者としての経歴はかなり輝かしいですね。

若くして大学の教授まで上り詰めた経歴を見ると、優秀さが抜きんでているのがよくわかりますよね。。

日本で行ったことも素晴らしいことです。

しかし、最後は何とも言えない終わりを告げています。

なんだか報われないような気がして、やり残したことも多いと思いますし、少しかわいそうになりますね。


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名言

クラーク博士の名言と言えば以下のものが有名です。

少年よ大志を抱け

もはや有名すぎて大人なら一度くらいは聞いたことがあると思います。

しかし、この名言には続きがあることを知っていましたか。

少年よ、大志を抱け。
けれどお金を望み、私欲を満たし、名声を求める大志であってはならない。
人間が本来持つべきもののために大志を抱け

このように、有名な方言は冒頭の一部を切り取ったものです。

そのあとの名言を見ると「私利私欲を満たすために、大志を抱くべきではない」とかなり良いことを言っていますね。

今後、生きていくために役立つ名言なので、しっかりとフルバージョンで覚えておきたいです。


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クラーク博士の銅像

クラーク博士の銅像は以下の場所にあります。

さっぽろ羊ヶ丘展望台

  • 名称…さっぽろ羊ヶ丘展望台
  • 所在地… 062-0045 北海道札幌市豊平区羊ケ丘1番地
  • 電話番号…011-851-3080

こちらにあるので北海道を訪れる際には見に行ってみてはいかがでしょうか。

ちなみに、クラーク博士の銅像は右腕を伸ばして、人差し指でとある場所を指しています。

この指は「遙か彼方にある永遠の真理」を指していて、「大志を抱け」というpuろ意味が込められています。

しっかりと意味があって、あのポーズをとっているので知っておきましょう。


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クラーク博士のプロフィールや生涯をご紹介してきました。

「少年よ大志を抱け」という名言は、若者にとってかなり心に響く言葉ではないでしょうか。

そうした若者に、農学を教え、北海道を発展させたクラークはやはり偉大な人物であったことを改めて実感いたしました。



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